政府の教育再生実行会議は10月31日、現行の大学入試センター試験に替わる共通試験 (達成度テスト ※仮称) の創設と、2次試験への面接や論文試験の導入の推奨を盛り込んだ大学入試制度改革の提言書を安倍首相に提出した。
達成度テストは、センター試験を見直した「発展レベル」のテストと、高校在学中に基礎学力を測る「基礎レベル」のテストの二種類で構成される。発展レベルのテストは、大学入試を実施する際の基礎資格として利用できるようにする予定で、知識偏重の1点刻みの選抜から脱却できるよう、その結果をレベルに応じて段階別に示すとしている。また一回きりの受験ではなく、複数回受験できる制度設計を目指す。
また、2次試験では学力だけでなく、面接 (意見発表、集団討論等) や論文、高等学校の推薦書、受験生が能動的・主体的に取り組んだ多様な活動 (生徒会活動、部活動、インターンシップ、ボランティア、海外留学、文化・芸術活動やスポーツ活動、大学や地域と連携した活動等) 、大学入学後の学修計画案を評価するなど、各大学のアドミッションポリシー (入学者受入方針) に基づく多様な方法による入学者選抜を実施し、これらの選抜による入学者割合の大幅な増加を図ることを各大学に求めていく構えだ。
共通試験の具体的な実施方法や実施体制などは今後、関係者の意見も踏まえ、文部科学省の審議会である中央教育審議会などで専門的・実務的に検討されることになる。
改革の背景
この大学入試改革案が提言された背景を見てみよう。提言書内では以下のように説明されている。(以下 「高等学校教育と大学教育との接続・大学入学者選抜の在り方について」(第四次提言)要約)
グローバル化の進展の中、日本が将来にわたって国際社会で発展していくためには、世界を舞台に挑戦する主体性と創造性、豊かな人間性を持った多様な人材が活躍することが求められます。 また、生産年齢人口が減少していく中で、経済成長を持続していくには、人材の質を飛躍的に高めていく必要があります。
そのためには、教育の在り方が決定的に重要です。人材の育成に当たっては、夢を持ち、それを強い志に高め、実現に導く情熱や力、社会に貢献し責任を果たす規範意識や使命感が必要であり、幅広い教養と日本人としてのアイデンティティ、語学力や交渉力、多様な人と協働する力を含めたコミュニケーション能力、課題発見・探究・解決能力、リーダーシップ、優しさや思いやりといった豊かな感性などを培うことが重要です。
このような力は、義務教育の基礎の上に、高等学校、大学の段階で伸ばしていくものです。しかし、その間をつなぐ大学入学者選抜が、知識偏重の1点刻みの大学入試や、本来の趣旨と異なり事実上学力不問の選抜になっている一部の推薦・AO入試により、大学での学びに必要な教養や知識等が身に付いているかどうかを確認する機能が十分発揮されておらず、ⅰ)大学入試に合格することが目的化し、高等学校段階で本来養うべき多面的・総合的な力の育成が軽視されている、ⅱ)大学入学者選抜で実際に評価している能力と本来大学が測りたいと考えている能力との間にギャップが生じ、学生にとっても大学入学後の学びにつながっていない、などの課題が指摘されています。
大学入学者選抜は、本来、高等学校教育を基盤として、各大学のアドミッションポリシー (入学者受入方針) の下、能力・意欲・適性を見極め、大学での教育に円滑につなげていくことが求められます。このため、大学入試の仕組みの改善のみを問題にするのではなく、高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の在り方について、一体的な改革を行う必要があります。
解説
このように本提言は、社会構造が大きく変化する中、大学入試において学生の能力や意欲を多面的・総合的に評価し、そういった観点で「優秀な」学生を選抜し、大学での学びへとつなげ、人材の質を飛躍的に高めることで、日本の国力を向上させることが主要な目的であるが、理想が先走りしている感は否めない。本提言は、大学や受験生にさらなる負担増を招きかねないものだ。達成度テストは複数回の実施予定であり、その分だけ問題作成・採点等の運営に関わる業務は増えるだろう。また、2次試験への面接等導入には、面接官の人選や選考基準の取りまとめなど、実施に至るまでには様々な課題が考えられる。
考えられる課題
公平性は確保できるのか?
意欲や適性も含めた総合的・多面的な人物評価ともなると、採点基準は曖昧になる可能性が高い。なぜなら、面接や受験生それぞれの高校における活動、大学入学後の学修計画案などというのは、単純に比較できるようなものではなく、その採点には主観的な要素が入り込む余地が大きいからだ。しかも多数の志願者がいる大学では、面接によって、その全員の能力や意欲をしっかりと見極めて評価するというのは物理的にも困難だろう。
多様な人材を見極め、受け入れることはできるのか?
この大学入試制度改革は、大学に「多様な人材を受け入れる」ことも目的の一つである。しかし、面接を導入すると逆に人選の幅を狭めてしまわないだろうか。面接で高い評価を受けるのは、はきはきと受け答えのできる、いわゆる「コミュニケーション能力」に長けた受験生だろう。しかし受験生の中には、面接が得意でないが、特定の学問分野に突出した才能を示す者もいるはずだ。そのような可能性の芽を摘んでしまわないためにも、面接に比重を置き過ぎるのではなく、真に「多面的な」人物評価が不可欠だ。
受験生への新たな負担
受験生には、これまでの受験勉強とは違った入試対応が必要となってくる。例えば、高校での生徒会活動、部活動、インターンシップ、ボランティアなどの活動が高い評価を受けるならば、大学入試のためにそれらの活動に取り組み、アピールできる話づくりに奔走する高校生も現れるのではないだろうか。また、学校や予備校で面接対策が行われることになるだろう。
しかも、いったい何が人物として高い評価を受けるのか、明確な基準がない以上、受験生も何を磨けば良いのか分からなく、努力の方向性も定まらないだろう。そして、いざ面接を受けて不合格だった場合、自らの意欲や適正、人間性といったものを否定された気持ちに陥ってしまうと考えられる。ペーパーテストのように明確な合格の指針があれば、その分だけ努力しようという意識は生まれやすいし、不合格であっても面接よりはその結果を受け入れることができるのではないだろうか。以上から、面接の導入によって、受験生への心理的負担はさらに増すと考えられる。
まとめ
提言書内では「知識偏重の1点刻みの試験のみによる選抜」からの脱却が謳われている。はたして1点刻みの合否判定というのは、そこまで忌避されるべきものなのか。1点刻みの合否判定とは、裏を返せばそれだけ客観的であり、公平であるということだ。ペーパーテストは意欲や適性も含めた総合的な人物評価という曖昧な基準による選抜方法よりも、数段公平なシステムであるということを見落としてはならない。
もちろんセンター試験や推薦・AO入試など、現行の大学入試制度には改善の余地があると思われる。しかしながら、今回の大学入試制度改革は、大きく舵を切ることになり、それだけ懸念点も多い。だからこそ、慎重な検討を願いたいところだ。何よりも、時の受験生に余計な混乱を招かないような制度設計が望まれる。
参照
「高等学校教育と大学教育との接続・大学入学者選抜の在り方について」(第四次提言) (平成25年10月31日)
URL:http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/teigen.html
文責
鶴木貴詩 (Hijicho)
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