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iPS細胞


「飛辞書 〜文理を越えるその言葉〜」は、あなたの学科だけで使われているような特殊な言葉を取り上げ、分かりやすく説明していくコーナーである。「特定の学問分野だけで使われている言葉が、その分野を飛び越え、みなさんの知識になる」をコンセプトにしている。

京都大学の山中伸弥教授が今年のノーベル医学生理学賞を受賞した。山中教授は、実は大阪市立大学大学院医学研究科を修了し、後に医学部の助手も務めたという市大とも関わりを持っていた経歴がある。そこで今回は、ノーベル賞の受賞理由にもなり、再び世間の注目を集めた「iPS細胞」について取り上げる。

細胞の運命とは―これまでの常識

私たちの体は細胞がおよそ60兆個集まって成り立っている。しかし、60兆個がすべて同じ細胞というわけではない。いわば細胞ごとに別々の「職業」に就いている。例えば、皮膚の細胞と神経の細胞ではまったく違う仕事をしているということだ。

この職業の違いは受精卵から私たちが産まれるまでの「発生」という過程を経る中で徐々に現れてくるが、受精後の一定期間は、細胞が将来どのような仕事をするかという運命はまだ決まっていない。つまり、この期間の細胞はどんな職業にも就ける可能性があるということだ。この細胞を「多能性幹細胞」という。

大きな木が枝分かれして様々な細胞ができるとイメージしてほしい。その木の「幹」となる細胞が幹細胞なのである。この細胞が分裂と変化を繰り返す中で、細胞ごとに職業が決まる。そして、この過程は一方通行で逆に戻ることはできず、決められた運命通りの仕事をこなすことになる。先ほどの例で言うと、皮膚の細胞はある日突然神経の細胞に変わったりすることはなく、ずっと皮膚の細胞として働く。

iPS細胞の登場

山中教授は2007年、すでに職業が決まっていて転職できないマウスの細胞 (皮膚の細胞など) に4つの遺伝子を入れることによって、「他のどんな職業にも転職できる状態 (=多能性) の細胞」を人工的に作り出すことに成功し、この細胞を「iPS細胞」(Induced pluripotent stem cells、人工多能性幹細胞) と名付けた。iPS細胞の登場によって、職業が決まってしまった細胞の運命は変えることができないというそれまで信じられていた常識は覆された。

さらにもうひとつ、iPS細胞の登場によって乗り越えた課題がある。実はiPS細胞が開発される以前にも、「ES細胞」というiPS細胞と同じような受精卵に近い細胞が開発され、世間の注目を集めた。しかし、ES細胞は受精卵を使わないと作ることができないため、産まれてくるはずの生命を壊すことになるということで、倫理面から実用化は難しいと言われていた。皮膚などの細胞を使って作られるiPS細胞は受精卵を使わないため、生命の倫理的な問題を回避できるという点でも画期的だったのである。

現在考案されているiPS細胞の使用例

では、iPS細胞は将来どのように私たちの生活に関わってくるのだろうか。iPS細胞に、ある特定の刺激が起こるように遺伝子を導入したり培養条件を工夫すると、心臓の筋肉、目や神経の細胞など目的の細胞に変化させることができる。この特性を利用することで、将来の医療の進歩につながることが期待されている。具体的には主に次の3つである。

(1)病気やけがによって損なわれた臓器や組織を修復する再生医療への応用

再生医療は、他の患者から臓器を提供してもらったり、人工的に作られた関節などを移植することによってかねてから行われてきた歴史があるが、これまでは、移植されたものをいわゆる「異物」として体が認識し、拒絶反応を起こしてしまう危険性が高かった。しかし、iPS細胞から作られた細胞や臓器は患者自身の細胞から作られたものなので、拒絶反応を回避することができるとされている。

(2)難病の原因の解明

難病患者の細胞から作ったiPS細胞を、患部の細胞に変化させ、その患部の細胞の状態や機能がどのように変化するかを研究することで、今まで難病とされてきた病気の原因解明と治療法の開発につながると考えられている。

(3)新しい薬の開発

また、(2)で作った難病患者の細胞に、薬の有効性や副作用・安全性などを評価する検査を重ねることで、新しい薬の開発が大幅に進むと期待されている。

実用化に向けて

このように臓器が再生できるなどと聞くと、まさに映画や漫画の世界でしかありえなかったことが現実になるような気がして興奮を覚える人もいるだろう。しかし、まだまだ実用化には課題が山積みだ。例えば、iPS細胞の作製や目的の細胞に変化させる過程には人工的な操作を伴っているため、移植した臓器が時間の経過とともにがん化や奇形を形成するリスクが高まるという可能性が指摘されている。このような安全性に関しては、将来この技術を利用した医療を受けるかもしれない私たちにとって、重大な問題となるだろう。

また、技術的な課題もさることながら、研究を推し進めていく上での費用や特許、倫理など社会的な課題も実用化に大きく影響する。まさに文系・理系の枠を越えて議論を積み重ねる必要性がある最先端技術なのだ。

文責

島田隼人 (Hijicho)


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