芥川龍之介賞作家・庄野潤三

庄野潤三 (しょうの・じゅんぞう) は、大正10年2月9日に大阪府東成郡 (現在の大阪市の一部) 住吉村で生まれました。大阪府立住吉中学校 (現在の大阪府立住吉高等学校)、大阪外国語学校 (現在の大阪大学外国語学部) 英語科を卒業後、九州帝国大学 (現在の九州大学) 法文学部を繰り上げ卒業しました。在学中は東洋史を専攻し、終戦後大阪府立今宮中学校 (現在の大阪府立今宮高等学校) の歴史教員となり、野球部長として同校野球部を第19回選抜中等学校野球大会出場に導きます。その後朝日放送に入社し、阪田寛夫と出会いました。

代表作は、『プールサイド小景』(1954年・第32回芥川賞)、『プールサイド小景』(1955年)、『静物』(1960年)、『夕べの雲』(1965年)、『夕べの雲』(1965年・読売文学賞)、『紺野機業場』(1969年・芸術選奨文部大臣賞)、『絵合せ』(1971年・野間文芸賞)、『明夫と良二』(1972年・毎日出版文化賞)。そのほか主な受賞歴は、新潮社文学賞 (1960年)、赤い鳥文学賞 (1972年)、日本芸術院賞(1973年)。

住吉中学時代、国語の教師が詩人の伊東静雄でした。父は帝塚山学院初代学院長の庄野貞一、兄は児童文学者・帝塚山学院長の庄野英二、弟は織田作之助賞受賞者の庄野至と、文学一家に育ちました。2009年9月21日、川崎市の自宅で老衰のため88歳で亡くなりました。

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