古社・大依羅神社

大阪府立阪南高等学校に隣接する大依羅 (おおよさみじんじゃ) 神社は、住吉大社とほぼ同じ時期に創立した古社です。

古事記によれば、第9代開化天皇の第4皇子を主神として、住吉三神の「底筒男」「中筒男」「上筒男」を祀っているとされています。大依羅神社の創祀は、神功皇后の新羅 (現在の朝鮮半島) 征討の際に、依網我彦男垂見 (よさみのあびこをたるみ) が住吉三神を祀る祭主になったことがきっかけです。代々この神社の祭祀を司った依網阿毘古 (よさみあびこ) 一族は、天皇の直轄領である依網屯倉 (よさみ・みやけ) を管理する豪族でした。「阿毘古」は古代の姓 (かばね) の一種。一族は海にちなむ祭神である住吉三神を祀っていましたし、名前に「網」が含まれている (「寄網」→「よせあみ」→「よさみ」・「網引」→「あみひき」→「あびこ」) ことから、古くから漁業に関係し、朝廷に海産物を奉献していた縁で、依網池築造後の屯倉 (みやけ=朝廷の直轄地) の管理を任されたのではないか、という興味深い説もあります。

この辺りは、難波から延びる難波大道 (難波古道=大依羅神社の東600mの所を南北に走っている) と大和に向かう大津道 (後の長尾街道) の交点付近にあたります。古代において、交通・軍事上重要な位置だったと考えられています。境内には大きな楠の木と「庭井の泉」の碑があり、碑文には「往昔ここに湧き溢れる泉があり、里人は『斎庭井の清水』と称えた」という意味の 言葉が記されています。

コメントがありません

コメントを残す


Spam Protection by WP-SpamFree